東京地方裁判所 昭和51年(ワ)10450号 判決 1980年10月30日
原告 津村文次郎
右訴訟代理人弁護士 江尻平八郎
同 柳本孝正
被告 大橋松枝
被告 大橋基二
右両名訴訟代理人弁護士 鍋谷博敏
同 飯野信昭
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一申立
(原告)
一 被告らは原告に対し別紙物件目録記載の建物を明渡せ。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
三 仮執行の宣言
(被告ら)
主文同旨
第二主張
(請求原因)
一 原告は、被告大橋基二(以下「被告基二」という。)から昭和四四年八月二〇日別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)をその敷地である同所所在四五番一二宅地一八三・二七平方メートル(以下「本件土地」という。)とともに代金合計金二〇八〇万円で買受けた。
なお、右売買契約当時、本件建物は被告基二の実母である被告大橋松枝(以下「被告松枝」という。)の所有であり、本件土地は同被告、被告基二の兄弟である訴外大橋孝至、同大橋教子および同大橋至子の共有であったが、右売買契約はこれら所有者の承諾の下になされたものであり、昭和四五年七月四日本件建物については東京法務局世田谷出張所受付第二六九二六号をもって、本件土地については同庁同日受付第二六九二三号をもって原告に対する所有権移転登記が経由され、これによって原告は本件土地建物の所有権を取得したものである。
二 被告松枝は本件建物を占有居住している。
三 よって、原告は、被告基二に対しては前記売買契約に基づいて、被告松枝に対しては本件建物の所有権に基づいて、いずれも本件建物の明渡を求める。
(請求原因に対する認否)
一 請求原因一前段の事実は否認する。
請求原因一後段の事実は、本件土地建物の所有関係が原告の主張するとおりであったこと、および所有権移転登記のなされたことは認め、その余の事実は否認する。
二 請求原因二の事実は認める。
(抗弁)
原告主張の売買契約は次のとおり通謀虚偽表示により無効である。
一 被告基二は昭和四三年末ないし昭和四四年初めころ原告と知り合いとなった。原告は、被告基二に対し昭和四四年八月一九日ころ「原告は昭和四三年夏ころその所有不動産を売却し譲渡所得を生じたが、これに対する課税を避けるには居住用財産を右売却の日から一年以内に取得し、譲渡所得税軽減の特別措置の適用を受ける必要がある。そして具体的には、翌二〇日までに買換物件を捜して売買契約を締結しなければならないが、適当な物件はないか。」、「一時あなたの家を売ったことにしてくれないか。」、「特別措置の適用がないときは、金八〇〇万円程度の税金がかかる。」と申入れてきた。被告基二は、これに対し被告基二に生ずる譲渡所得税は原告が一切負担するという条件を提案した。
二 被告基二は、原告からそれまでに何回か金員を借受け、その残高合計が金三〇〇万円程度になっていたため、原告の申入れにやむなく応ずることにした。
三 被告基二は、訴外川崎祐男から本件土地建物を譲渡担保(登記上は売買による所有権移転登記)に金八八〇万円を借受けていたため、原告に対し所有権移転登記手続をするにつき右登記を抹消する必要があったので、原告に右借受金八八〇万円を代って支払ってもらい、昭和四五年七月四日右登記を抹消したが、右原告の支払は従って本件土地建物の代金の支払の趣旨ではなく、被告基二の原告に対する借受金の趣旨である。
四 売買契約によると、代金二〇八〇万円についてそのうち手附金を売買契約の日である昭和四四年八月二〇日金二〇〇万円、同年一二月一三日残金一八八〇万円それぞれ支払うべき旨の約定になっているが、右の約定はおろか、被告基二が原告宛作成交付した領収証に対応する金員の授受は現実には全くなされていない。
五 原告は、課税特例措置の適用を受けるため、本件建物を取得してから一年以内に現実に居住の用に供する必要があったことから、昭和四五年七月四日になって所有権移転登記を経由するとともに、そのころ被告ら方の住所に転入した旨の住民登録の届出をした。
六 そして、結局、原告は、被告らから本件土地建物を買受けたことによって課税特例措置の適用を受けているのである。
七 原告は売買契約後永年被告らに対し売買契約の履行を求めずに放置し、五年の税務時効の完成した後に本件訴訟を提起している。
(抗弁に対する認否)
被告ら主張の通謀虚偽表示の抗弁は争う。
一 被告基二が大橋商事株式会社(以下「大橋商事」という。)をその代表取締役として経営していたところ、昭和四三年一〇月ころ同社の代理として山田和善が原告方を訪れて融資を申込み、原告は同社所有の静岡県加茂郡東伊豆町奈良本字中道一五四一番山林一五万九六五六平方メートルに極度額金二〇〇〇万円の根抵当権を設定し、かつ停止条件付代物弁済契約を付するという条件で融資を承諾した。そして、被告基二は同年一二月ころ原告に対し後日融資額増加などにより融資額が金二〇〇〇万円を超過するときは、個人でその債務を引受けすることを承諾した。
二 被告基二は、原告に対し右融資に関する交渉の際不動産売買を得意とし、税理士の資格を有するがごとく述べたので、原告はおりからその所有不動産を売却し、居住用財産の買換による譲渡所得税軽減の特例措置の適用を受けるため、買替資産を物色中であったことから、被告基二に対しその旨を話したところ、同被告は本件建物が担保流れになりそうなので時価以上に高く買って貰えれば好都合であると述べたので、売買の運びとなったのである。
三 被告らは、原告が買替資産を取得しないときは約八〇〇万円の譲渡所得税を支払わなければならなくなると説明したと主張するが、右主張は否認する。
原告の売却不動産の代金は金二一〇〇万円であるから、仮に全額につき譲渡所得税が課せられるとしても、税率を二割として譲渡所得税は高々金四〇〇万円である。必要諸経費は、売却不動産の取得価額、売買の仲介手数料、諸種の税金、費用等が加算されると金八〇〇万円程度になるので、被告基二は右金額を譲渡所得税と誤解したものと推測される。
四 代金の支払については、本件土地建物が川崎祐男の所有名義になっていたので、原告は被告基二の要請に基づき川崎祐男の代理人である栗脇辰郎弁護士に対し金八八〇万円を支払ったが、右支払の趣旨は本件売買契約の代金に充当する趣旨である。
残代金一二〇〇万円については、被告基二の経営する大橋商事の原告に対する前記根抵当権債務が昭和四四年八月当時金三六〇〇万円に達していたので、前記約定どおり、その内金一二〇〇万円につき被告基二が債務引受をし、原告は右債務引受部分を被告らに対する金一二〇〇万円の代金支払債務に相殺充当し、原告はこれにより代金の支払を完了したものである。
五 原告が被告らから本件土地建物を買受けたことを理由に課税特例措置の適用を受けたことは事実である。
六 原告が昭和四五年の当時本件建物に居住する被告ら方に住民登録を移したのは、被告らを本件建物から早く明渡させるためであった。
原告は、被告らに対し何度となく明渡を請求したが、被告基二は病気で長期入院し、被告松枝も病気で、明渡請求に応じられなかったことがあり、他方原告もまた老人性眼疾にかかって入院するなどの事情があったため、本件訴訟の提起が遅れたもので、税務時効の完成をまっていたものではない。
第三証拠《省略》
理由
一 本件土地建物の売買契約とその所有関係
1 原告と被告基二間の売買契約
《証拠省略》によれば、原告と被告基二間には、昭和四四年八月二〇日付をもって被告基二は原告に対し本件土地建物を代金二〇八〇万円、代金のうち金二〇〇万円を契約時に支払い残代金は同年一二月一三日限り所有権移転登記手続と引換えに支払うとの約定で売渡す旨の売買契約書が取交されたこと、右売買契約書には同年八月二一日付の公証人による確定日付があることを認めることができ、右事実によれば、原告と被告基二間には右契約書に沿う合意をしたものと推認され、原告(第一、二回)および被告基二の各本人の供述は右認定に反する点はない。
2 本件土地建物の所有関係
右売買契約当時、本件建物は被告基二の実母である被告松枝の所有であり、その敷地である本件土地は被告松枝、被告基二の兄弟である訴外大橋孝至、同大橋教子および同大橋至子の共有であったこと、前記売買契約後約一年にあたる昭和四五年七月五日本件土地建物について原告主張どおりの所有権移転登記が経由されていることは、当事者間に争いがない。
次に、原告は、本件土地建物の売買契約は各所有者の承諾の下になされたものであると主張するので判断するに、なるほど本件土地の右各所有者は被告基二の親兄弟という親族関係にあり、かつ《証拠省略》によればその一部は同居していることが認められ、しかも所有権移転登記がすべて経由されている事実に徴するならば各所有者の実印による登記委任状およびその印鑑証明書が被告基二によって平穏裏に入手されていることが窺われるものの、これらの事実のみから直ちに右各所有者が右売買契約を知ってかつこれを承諾していたと推断するのはいささか早計に過ぎ、他に原告の右主張を補充立証すべき証拠はない。してみれば、原告は被告基二との本件土地建物の売買契約によっては本件土地建物の所有権を取得することはできないといわざるをえない。
従って、原告の被告松枝に対する本件建物の所有権に基づく本件建物の明渡を求める請求はその余の判断をするまでもなく失当である。
二 本件土地建物の売買契約前後の事実関係
被告らは、本件土地建物の売買契約は通謀虚偽表示によって無効である旨主張するので、まず売買契約前後の事実関係について証拠によって検討する。
《証拠省略》によって考えると、次の1ないし5、7ないし10のとおりの事実認定(認定事実に対する判断等を含む。)をすることができ(る。)《証拠判断省略》
1 被告基二は、大橋商事の代表取締役として同会社を経営していたが、昭和四三年ごろには同会社は営業を全く行わないいわゆる休眠会社となっていたところ、古くから付き合いのある訴外山田和善から同人の経営する柏商事株式会社が銀行取引口座を有していなかったことから銀行取引口座を有していた大橋商事の経営権を譲ってくれと要請されて、これを承諾するとともに、大橋商事の代表者印を同人に交付した。山田は以後大橋商事の名を用い同人の計算においてすべての経営上の取引をするようになるとともに、他方被告基二は大橋商事の代表取締役たる地位は形式上残ったものの同会社とは一切の関係がなくなった。山田は、大橋商事の事実上の代表取締役として、昭和四三年ころ静岡県賀茂郡東伊豆町奈良本字中道一五四一番山林一五万九六五六平方メートルを購入し、同年一〇月これに極度額二〇〇〇万円の根抵当権(登記上の利息日歩四銭一厘、損害金日歩八銭二厘)を設定したうえ、原告からいずれも利息月二分ないし三分五厘程度の約定で同年一〇月二五日金一六〇〇万円、昭和四四年一月二四日金八〇万円、同年二月五日金二五〇万円、同年五月一〇日金五〇万円、そして同年同月二〇日金五五万円の合計金二〇三五万円を借受けた。しかしながら、山田は、右一連の取引において大橋商事の事実上の代表取締役は自分であって、被告基二は大橋商事とは一切関係がないというような明確な説明はしなかった。なお、山田は右借入金に対し全くその返済をしなかった。
2 被告基二は、昭和四三年末ころ山田の紹介で原告を知るようになり、大橋商事とは別に原告と金融上の関係を持ち、昭和四四年八月の本件土地建物の売買契約までに合計約三〇〇万円程の借入金が生じていた。
3 被告基二は、かなり以前から本件土地建物を担保に訴外川崎祐男から融資を受けていて、そのため昭和三六年一〇月二六日同人に対し借入金担保のため本件土地建物を売渡したことにして売買を原因とする所有権移転登記を経由していたが、川崎に対する借入金の返済は思うに任せず滞り勝ちで、昭和四五年七月ころには元金で金七〇〇万円であったのにこれに数年間のうちに重んだ利息、違約金も含めると金一〇〇〇万円程度に達していた。
4 しかして、前判示のように昭和四四年八月二〇日本件土地建物の売買契約がなされるに至った。買主たる原告側の売買の動機理由は、すでに居住家屋を所有していたので、居住の必要性はなく、その前年である昭和四三年六月に子の津村文彦とともに所有していた東京都目黒区自由ヶ丘二丁目一二六番四宅地三八・七六坪および同所同番二五・三七坪を代金合計金三五二〇万円(原告分の代金約二一〇〇万円)で売却し不動産譲渡所得が生じていたため、居住用財産の買換上の課税特例措置の適用を受けるのに、本件土地建物を居住用不動産として買受ける必要があった。他方売主たる被告基二側の売買の動機理由は、川崎からの借入金の返済に迫られていて、本件土地建物が担保流れになることを避ける必要があった。
なお、売主、買主の動機理由は右に尽きるものとは考えられないものの、右の程度を越えてこれを明らかにすることは証拠上不可能で、この点は事実不明である。
5 売買契約によれば、前判示のように、代金は契約時に二〇〇万円を支払い、残代金は約四ヶ月後の昭和四四年一二月一三日限り所有権移転登記手続と引換えに支払う約定となっていたものの、代金は契約時には全く支払われず、約定の昭和四四年一二月一三日までにもまたはその後しばらく経過しても代金の支払は全くなされなかったし、登記も同様になされなかった。
しかも、原告は、被告基二に対し、契約時に代金二〇〇万円を支払ったという領収書を発行させ、契約書とともに、翌日付で公証人による確定日付までとり、その後も被告基二に対し、昭和四四年一二月二日付で金一五〇万円、同年同月二六日付で金二〇〇万円、昭和四五年三月二三日付で金三〇〇万円、同年六月一八日付で金二三〇万円、同年七月三日付で金一〇〇〇万円の各領収書を発行させているが、右各領収書は実際の金員の授受が全くないのに発行された日付さえも架空の領収書であった。
6 原告は、売買代金のうち一二〇〇万円の支払については、原告が大橋商事に貸付けた合計金二〇三五万円およびこれに対する利息損害金が金三六〇〇万円に達していて、被告基二は大橋商事の右貸付金債務の一部ないし全部につき債務引受けし、売買代金債務と前記各領収書の日付と金額をもって順次相殺充当されたと主張し、原告本人は右主張に沿う供述をするが、被告基二がなにゆえに大橋商事の多額の債務、しかも実質上山田和善経営にかかる大橋商事の債務につき債務引受をしなければならなかったのかこれを肯認すべきものがなく、また原告の主張、原告本人の供述によっても右債務引受は口頭でなされ、書面でなされていないということを考えると、原告の右供述は信用できず、他に原告の右主張を認めるべき証拠はない。
なお、被告基二は、原告に対し昭和四四年一〇月二八日確認書という形式で原告に対する借入金債務合計金二〇三五万円につき元金、利息および損害金を全く返済していない旨確認している。原告の右主張はこの事実にも矛盾するものである。
特に注目すべきことは、原告は、昭和四五年四月一三日前記東伊豆町の山林に対し任意競売を申立て、右競売事件は競売不動産の所有者となっていた柏商事株式会社の不服申立等の手続によって遷延したこともあったが、昭和四六年には最終的に競落が確定し、同年六月二六日競落代金の中から元金二〇〇〇万円およびこれに対する右受領日に至るまでの二年間の日歩八銭二厘の割合による損害金一一九八万八四〇〇円を受領した。原告の主張によれば、本件土地建物の売買代金の一部に相殺充当されて、右貸付金二〇〇〇万円は一部減少しているはずであるのに、この点の明確な説明は原告の主張にも原告本人の供述にも現われていない。
7 原告と被告基二間の本件土地建物の売買契約は、従って、ほぼ一年間は契約に基づく売主買主の義務は一切履行されることなく推移した。そして、昭和四五年六、七月に至って、被告基二の川崎祐男からの借入金の決済問題が一つの大きな機縁となって、川崎からの借入金は原告が肩入れで決済し、川崎の所有権移転登記は抹消して原告に対し所有権移転登記手続がなされることになった。
まず、川崎祐男の代理人である栗脇辰郎弁護士と被告基二間で交渉がなされ、被告基二の川崎からの借入金は元利合計で金八八〇万円であると確定された。次に、原告は、川崎に対し被告基二の右借入金のうち金五八〇万円を直接支払うとともに、被告基二が川崎に対し支払うべきその余の金三〇〇万円に関して被告基二が主債務者となって平和相互銀行から融資を受けるにつき原告が保証人になるなど協力することになり、原告は、川崎に対し昭和四五年七月初め右金五八〇万円を支払い、これによって同年同月三日川崎の所有権移転登記の抹消登記手続をするとともに、原告に対し前判示のように昭和四四年八月二〇日付の売買を原因とする所有権移転登記手続をすませた。そして、原告は、同年同月一〇日平和相互銀行から被告基二が金三〇〇万円の融資を受けるにつき保証人になるとともに本件土地建物に根抵当権を設定し、その登記手続をした。被告基二は右融資を受けた金三〇〇万円を川崎に支払ったが、その主債務者としての支払義務を殆ど果さず、原告が結局右金三〇〇万円を元利とも支払って完済した。
右金五八〇万円を原告が支払った趣旨については代金なのかこれを明確にする信用すべき証拠はない。
右金三〇〇万円の取決めについては、原告と被告基二間に右当時明確な合意はなされなかったが、昭和五〇年一月一〇日に至って被告基二から原告に対し借用証を差入れて「昭和四五年七月一〇日借用した金三〇〇万円は昭和五〇年一月一〇日現在で元利合計金五〇〇万円であることを承認し、これを右翌日以降は利息を月二分として毎月一〇日限り支払い、これを怠ったときは遅延損害金として月三分を支払い、元金は一年後の昭和五二年一月一〇日限り支払う。」との約束をしている。しかし、被告基二は右約旨を全く履行しなかった(なお、原告の本件訴は、右約束の元金支払期日の到来を待たずに、記録によれば、昭和五一年一一月二六日提起された。)。この事実に鑑みると、右金三〇〇万円は原告と被告基二間では売買代金としての意思はなかったものと推認される。
8 原告は、被告基二から本件土地建物を購入したことを理由として前記自由ヶ丘の土地の譲渡所得の申告につき居住用財産の買換上の課税特例措置の適用を受けた(この事実は当事者間に争いがない。)が、これによる原告の軽減額は二〇〇万円か三〇〇万円程度であった。
9 原告は、被告基二に対し昭和四六年三月三一日「私(原告)所有の本件土地建物を来たる昭和四六年八月二〇日までに金八八〇万円およびこれに対し月一分の割合による金利を付加した金額で買戻に応ずることを約束する。」との念書を差入れた。その後被告基二は右念書を紛失している。
ところが、今度は、被告基二が原告に対し昭和四九年一一月四日「昭和四六年に交付を受けた右念書は紛失したこと、右念書は無効であることを確認する。」および以下一部原文のままで「なお、右念書は貴殿(原告)名義(実質的借主は私((被告基二))であるが最終的返済は貴殿((原告))が代払した。)で平和相互銀行からの借入金の返済の猶予を受けるために交付を受け、私(被告基二)が右銀行に提示したものである。」との記載のある念書を交付している。右後者の念書の内容は原告、被告基二の各本人の供述に照らして考えても趣旨が必ずしも明確ではないが、作成年月日が三年以上も前の前者の念書が最初から仮装無効であったことを確認するための念書(返えり念書)とは考えにくい。
10 本件土地建物につき所有権移転登記がなされた後も、特に原告と被告基二間に大きな変化もなく推移した。しかし、本件訴の提起に至るまで原告が本件建物の明渡を求めたことがないわけではなかったが、他方被告基二から所有権移転登記の抹消請求もなされなかった。本件土地建物についての登記経由後原告が本件訴を提起(訴状の受付は前記のとおり昭和五一年一一月二六日)するに至るまで税務時効期間に相当する五年が経過しているが、これは原告や被告基二の病気入院等の事情があったことによるもので、他意はなかった。
三 本件土地建物の売買契約の通謀虚偽表示性
前項判示の事実関係から被告らの主張する通謀虚偽表示の成否について判断するに、右判示から明らかなごとく、本件土地建物の売買契約をめぐる事実関係には不透明不可解な部分が多くその判断はいささか困難を要するが、原告には本件土地建物を自己使用する必要性がなかったこと、契約締結時に手附金の授受が全くなかったこと、契約で約定された内容と実際の代金支払、登記手続の履行状況とが全く符合していないこと、領収書が架空であるほか、それにもかかわらず売買契約書とともに契約時の手附金領収書にはことさら公証人による確定日付が付されていること、代金の支払は結局において原告が被告基二に代って川崎祐男に直接支払った金五八〇万円を除いて全くなされておらず、右金五八〇万円といえどもこれを直ちに代金であるとは断じ難いこと、原告は本件土地建物を買受けたことで課税特例措置の恩典に浴していること、原告と被告基二間には昭和四六年三月三一日付で本件土地建物の所有権の移転は金八八〇万円の債務のための担保的移転にすぎない旨の念書を差入れられていること等を綜合して考えると、右金五八〇万円が原告から被告基二のために現実に支払われていること、原告が課税特例措置の適用によって受けた譲渡所得税の軽減額は被告主張のような金額には到底及ばないこと等を考えてみても、本件土地建物の売買契約はその基本的部分において真実売買意思のない通謀虚偽表示であったと認めるのが相当である。
従って、被告らの通謀虚偽表示の抗弁は正当であるから、原告の被告基二に対する請求もまた理由がない。
四 よって、原告の請求はいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 塚原朋一)
<以下省略>